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12.16
Mon
夜の海をおよぐ その人の

髪を 風が吹きほどき

波が 衣を流しさった

この海に からだも溶けてしまったら

ひかるくらげに なるのでしょうか



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09.25
Wed

その家の窓に、いつもおばあさんの姿が見えました。
おばあさんは、窓辺の椅子に腰掛けて、いつも針仕事をしているのでした。
窓から入る太陽の明るさが、目の見えずらくなったおばあさんの針仕事の手元に、調度いい具合なのでした。

空が青く、高く澄んで、風が吹く、午後のことでした。
吹き抜ける風に身を任せたように、空には薄い雲が長く伸びていました。
おばあさんも窓を開けて、かわいた風に当たりながら、いつものように針仕事をしていました。

そこへ、ひとりの若い女が、おばあさんの居る窓辺を訪ねました。
「おばあさん、こんにちは。」
「はい、こんにちは。」と見知らない若い女に、おばあさんも挨拶をしました。

「私は、通りから、いつもここで針仕事をするおばあさんの姿を目にしていました。
 その姿が、ゆったりと、いかにも気持ち良さそうなので、いつも羨ましく見ていたのです。」
「あら、あら、そうでしたか。」とおばあさんは答えました。

若い女はつづけました。
「そこで、私も、針仕事を始めてみようと思いたったのです。
 針仕事をしたら、きっと、おばあさんのように、ゆったりと、落ち着いた気持ちになれるだろうと思ったので
 す。」
おばあさんは、やさしく微笑みました。

それから、すこし間を置いて、若い女は、声の調子を強くして言いました。
「ところが、いざ始めてみたら、落ち着くどころではありません。」
おばあさんは、目を大きくしました。

「ひと針ひと針があまりにも小さくて、いっこうに前に進まないのです。
 もどかしくて、気持ちが急くのです。そして、永遠に終わりがなく、縫い続けなければならない気がしてくる
 のです。」
おばあさんは、だまって聞いていました。

「刺さなければならない小さな穴が、無数に私を待ち構えていて、それを思うと、恐ろしくなって、手が震える
 のです。」
そう言う、若い女の声も少し震えていました。

おばあさんは、やっと、「そうですか。」と静かに答えました。
「どうやら針仕事は、私には向いていないようです。」そう言って、若い女は行ってしまいました。


その晩、おばあさんは、まだ窓辺の椅子に腰掛けていました。
窓の外の茂みからは、虫の音が響き、月が黒い空に白く光っていました。

おばあさんは、もうすっかり身に染みてしまった針仕事のことを想いました。
心を向けて、思うところに針を刺し、思うところから針を出す、おばあさんは、ずっとそれを繰り返してきました。
大きな布を広げても、おばあさんを脅かすものはどこにもありません。

夜の空気がひんやりと窓からしみてきて、おばあさんは、両方の手をひざ掛けの中に包みました。
おばあさんの小さなひと針が繋がってできた古いひざ掛けは、月夜の窓辺で、目には見えない気配のような美しさを漂わせて、おばあさんを幸福な気持ちにさせました。

うっとりとした気持ちでいると、虫の音が、まるで子守唄のように流れてきて、おばあさんは棚の時計に目をやりました。
棚の置き時計の下にも、薄い絹の敷物が、同じく時を刻んでいました。
「ああ、もうこんな時間。」
おばあさんは、重い体を、窓辺の椅子からゆっくりと持ち上げました。
「きっとあなたも同じことですよね。」
白く輝く月に独り言ちて、おばあさんは布団にゆきました。


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02.08
Fri

storm.jpg



いつもと変わらない午後の町をひとすじの風が吹きすぎてゆきました。
風は人々の肌にしめっぽく触れまわり、生ぬるい空気をのこして走り去りました。
今まさに遠くの空ではひとかたまりの黒い雲が現れて、それがだんだんと大きくなりながら町の方に流れてこようとしていました。

町の人々は急いで帰りの支度をはじめました。
それぞれが慌ててバスや車に乗り込む間に、黒い雲は山ひとつぶん大きくなりました。

強く吹くようになった風にのって、山みっつぶん、よっつぶんと、大きく分厚くなった黒い雲が、
ついに町の端っこにある一番高い建物のあたりにきたときには、みんな避難していました。

人っ子ひとりいない町を闇が包みました。
そしてほんのひととき耳の奥が痛むようなしんとした音が町を支配しました。

家の中に隠れていても、それは恐ろしいものでした。
風の音は、怯える人々をあざ笑うかのようでした。
空に稲妻が走りだすと、こんどは断末魔の叫びになって家の隙間から入ってきました。

町中にあられのような雨が打ちつけ、いよいよ荒れだした嵐は怒り狂った大男のようでした。
雨、風、雷、その全部をめちゃめちゃに、力任せにふりまわして暴れまわります。
大きな雷鳴が響くたびに体を震わせながら、人々は嵐が過ぎ去るのを家の一番安全なところに隠れて待っていました。

方向を失った雨風に音をたてて震えるガラス窓の外は、一体どうなっているのでしょう?
ほんのすこしだけ、そう思って、母親がしっかり閉ざしたカーテンを、ほんの小さくめくった男の子がいました。
男の子は、真っ暗な窓ガラスに、恐る恐るゆっくり顔を近づけました。
うんと顔を近づけないと暗くて何も見えなかったからです。
すると、雨風の向こうに、反り返ってへし折られそうになりながら、力をふりしぼってなんとか持ちこたえている一本の木が見えました。

そして、それは一瞬の出来事でした。
いままでで一番おそろしい雷鳴が耳の奥にまで轟いて、ほとんど同時に、目の前にオレンジ色の光が飛び散りました。
真っ黒い空にむかって、一本の木が、美しい火花を吹き上げました。

嵐は夜のうちにとなりの町に去っていきました。
いつもよりかえって静かな夜になりましたが、男の子は、なかなか眠ることができませんでした。
あの美しい火花を見たことに、気持ちが落ち着かずに眠れなかったのです。
男の子が眠りにつくまで、いつまでも胸のあたりでオレンジ色の光が瞬いていました。

次の日、学校で男の子はオレンジ色の光のことを、とうとう誰にも言いませんでした。
実際、あの火花を見たのは、男の子の他に誰もいなかったのです。

だけどいつか、もっと大きくなってから、別の時間、別の場所で、同じように光を見た誰かにきっと出会うことでしょう。



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